オオカミの呼ぶ声 番外編SLK 第10話 SLK7 宝物


しんしんと。

空から雪が降ってくる。
雪が降っている事を楽しんだのは最初だけで、一週間経っても止む気配の無い雪には、さすがに私もうんざりし始めていた。
こう雪が深くては外で遊びまわることもできない。
出来ることと言えば、家畜の世話と雪かきだけだ。
そんな風に暇を持て余しているときに、家の電話が鳴り響いた。
それは藤堂からの電話だった。
枢木神社が雪に埋もれてしまったため、手の空いている氏子たち総出で雪かきをするので、時間があるようなら来てほしいという内容だった。
枢木神社はスザクの家。
当然、私とナオト、玉城もその手伝い来た。父と祖父は残念ながら家畜の世話と自宅の雪かきがあるので不参加だ。
境内の除雪がほぼ終わった頃氏子の一人が、このままではルルーシュとスザクの家が雪に押しつぶされる可能性があると口にした。
境内の村を見渡せる場所から二人の家を見下ろすと、確かにこのままだと危ないなと藤堂は頷き、その翌日、私たちはあの家の除雪に向かうこととなった。
今は誰も住んでいない古びた日本家屋。
ルルーシュとスザクの家。
ルルーシュが捨てられ、連れ浚われた場所。
そしてスザクの秘密基地。
大量の雪に埋もれたその家を見て、スザクが足を踏み入れて居ないのは一目でわかった。
誰も居ないしんと静まり返った家の中にいるのは辛かったのだろう。
最初の数日はルルーシュが戻ってきた時のためにと毎日来ていたのだが、今は一切寄り付かず、小学校か、枢木の杜、あるいは藤堂の道場にいる事が多かった。
毎日、いつも元気で楽しそうに笑ってはいるが、ふとした時に淋しそうな表情で遠くを見てい事があった。
人間との交流に疲れて一息吐いているのかとも思ったが、いつも見ているのが同じ方向で、それがブリタニアの方角だとわかってからは、やはりルルーシュがいなくて淋しいのだと気がついた。
きっと大人になれば帰ってくる。
10年なんてあっという間だと口では言うが、ただの強がりだという事に周りはみんな気が付いていた。
あの二人は本当に仲が良かったから。

大人たちがシャベルを手に一気に門から玄関までの道を作ると、私は持っていた鍵で玄関を開けた。
扉を開けると、外気と変わらないひやりとした空気と共に、換気がされていなかったことで古い家独特のにおいが流れてきた。
この家の中を知っている私は一番に家の中に上がると、暗い部屋に次々明かりを灯して歩いた。それに続きカレンの母と祖母、そして近所のおばさん達が家に上がり、家の中の点検を始めた。
ルルーシュがいなくなってから水は落としていたので凍結していなかった。
ガスも問題なかったので、お湯を沸かし、持ってきた雑巾を絞ると、みんなで家の中の掃除を始めた。
カレンは掃除機を出してきて、一部屋一部屋丁寧に掃除機をかけていく。
すでに2月も半ばまで来てはいるが、今回はいい機会だと、スザクに除雪の許可と大掃除の許可をもらったのだ。
何せ神の住まう家。
許可さえもらえれば、出来るだけ綺麗に整えたいというのが氏子の心理だ。
屋根の上に人の足音が聞こえ、注意を促す声が響き、ドサドサと言う大きな音とともに屋根から雪が落ちていく。
女性たちがお昼を用意する頃には、雨戸をあけられるまでに外の除雪が終わっており、雨戸を開けたとたん、疲れたと言いながら玉城は縁側に座りこみ、若いのにだらしがないねと笑うおばさんたちが用意した甘酒をおいしそうに飲んでいた。
広い庭の一角に大きな雪山が出来上がり、男たちが総出で庭の雪かきも始めていたので、昼食が出来上がるまでそれに混ざろうと、私は足早に玄関へ向かった。


ふらふらと。

こちらにやってくる人影が見えて、カレンは裏庭へ向かう足を止め、門の外を覗いた。そこにいたのは普段と違い、ボーっとしながら歩いているスザク。
その様子に、私は思わず目を瞬かせた。
ああ、でもそれ以上に、いつも通り道着と袴を身に纏い、下駄を履いただけのその姿は見ているこちらが寒くなると私は走りだした。
有無を言わさずにその手を引っ張ると、予想通りその体は冷え切っていて、早く温めなければと急いで玄関へ向かった。
スザクは枢木の杜にいる間は寒さも暑さも感じないという。
小学校も道場も暖房があるので暖かい。
だが、その外では人の姿である以上こうして冷えてしまう。
扉を開け、玄関を潜ろうとしたその時、スザクの足がピタリと止まった。

「どうしたの?早く入りなさいよ。ちゃんと温まらないと、いくらあんたでも風邪ひくわよ」

そう言いながらぐいぐいとその腕を引っ張ってみるのだが、スザクはびくともしない。
なぜかスザクは俯いていて、その表情はわからないが、その伏せられた耳から家に入りたくはないという意志だけは伝わり、私は困惑した。
こんなスザク、初めてだ。

「どうしたの?なんかあった?」
「・・・別に」
「じゃあ入ってよ。大丈夫よ、先生もお兄ちゃんも玉城も、お母さんもおばあちゃんも来てるから。ここであんたに何かする人は居ないわよ」

スザクは人間嫌い。
特に大人は大嫌い。
それを知っているからこそ、そう言っても、スザクは首を横に振る。
ようやくスザクの口から出た言葉に、私はああ、そういう事かと納得し「いいから入りなさい。いいものあげるから」と、無理やり玄関へ引き入れると、扉をぱしりと閉じた。
お昼の用意ができたことで、居間とその続き部屋には、多くの人が座っていた。
テーブルは一つしかないので、行儀は悪いが、みんな思い思いの場所に座り、おにぎりとみそ汁を口に運んでいる。
全員が縁側から家に上がり、雨戸は再び閉じられたことで、部屋の中に灯されたストーブが部屋を暖かくしていた。
そんな様子を横目に、私はスザクの手を引いて廊下を歩く。
いつも背筋を伸ばして歩くスザクが俯き耳を伏せしょんぼりと項垂れているという珍しいその様子に、大人たちは心配そうな眼を向けてくるが、私は気にせず、目的の場所の障子を開けた。
そこはスザクとルルーシュが寝室として使っていた部屋。
スザクが入ると、私は障子を閉め、ルルーシュが使っていたタンスを開けた。
中は彼の性格を表していて、衣類がきっちりと畳まれて収納されている。
これらの物さえ、ルルーシュは持っていく事が出来なかった。

「・・・カレン、勝手に開けるな。それはルルーシュの物だ」

怒りを滲ませたその声に「知ってるわよ。でも、開けないとこれを出せないじゃない」と、タンスから目的の物を取りだすと、それをスザクに手渡した。
廊下を歩き、居間に戻ると、大人たちは不安そうな顔でこちらを見た。そして、戻ってきたのが私一人だと気がつくと、小声でスザクはどうしたんだと尋ねてきた。

「ああ、大丈夫よ。今布団敷いて寝かせてきたから。だからあの部屋にはスザクが起きるまで入らないであげてね」
「スザク君は具合が悪かったのか?」

おにぎりの乗ったお皿を差し出しながら藤堂が訪ねてきた。
私はそれを受け取ると、みんなが開けてくれたスペースに座った。
皆不安げな表情で私が話すのを待っていた。

「具合は・・・どうなんだろう?でも、あれは疲れていただけよ。多分もう大丈夫」
「多分?」
「うん、多分。・・・あいつには言わないでよね?スザクはねルルーシュがいなくて寂しがってるのよ。この家に来ない理由もそれ。もうこの家からルルーシュの匂いもしないみたいなのよね」

ルルーシュがここを去ったのは9月、今は2月。
ルルーシュの匂いは古い家屋の匂いに負けて、すでにこの家から消えてしまった。
それはルルーシュが居ない事を更にスザクに思い知らせることとなり、ここにいると余計に淋しさが募るのだ。

「普段元気に見えるけど、結構無理してたのよあいつ」

まるで忠犬が遠くに行った主を恋しがり、その帰りを今か今かと待っているようだ。
その寂しさを悟らせたくないから、無理に笑っていた。
だけど嘘の笑顔は、自分を傷つけるだけ。
まったく、今からこんなでどうするのよ。
まだたったの1ヶ月半。
成人するまで10年もあるのに。
スザクの寂しさに気づいていた大人たちは、困ったように私を見た。
ルルーシュは連れて行かれてしまった。
ここに帰ってくる保証はない。
まだスザクが目覚めて1ヶ月半しかたっていないのだ。
このまま衰弱してしまうかも知れないと、心配しているのだろう。

「多分もう大丈夫だから、そんなに心配しなくていいわよ」
「どうしてそう思うんだカレン」

お味噌汁を手に、ナオトはカレンの横に座った。
カレンは受け取ったお味噌汁に口をつける。
ああ、暖かくておいしい。

「あれ渡したの。ルルーシュが前に作ってたやつ」

少し休みなさいと勝手に布団を敷くと、スザクは泣きそうな顔になった。
どうやらルルーシュとスザクが使っていた布団にはまだルルーシュの匂いが僅かに残っていたらしい。
それに安堵し、今はその布団に包まり、渡したそれを抱きしめて犬神は静かに眠っている。
それはルルーシュがここに居た証であり、スザクの為だけに作られたもの。
眠るスザクを心配し、スザクの回復を願いながら作られたもの。
スザクは一度凹むと泥沼に入るタイプだが、少しでも切り替えるきっかけがあれば、立ち直るのが早い。そのきっかけとして、あれは十分すぎるだろう。

「だから、大丈夫よ。あいつの事だから、目が覚めたらケロッとしてるわよ」




さくさくと。

白い指の動きに合わせてみるみる形が出来てくる。

「どうしたのそれ?」

いつもは本を手にしているその人が、見慣れぬものを手にしていたので、私はそれに指をさしながら尋ねた。

「ああ、昨日おばさん達がくれたんだ。毛糸と編み棒」

そう、そこにあったのは深い紫とそれより明るめの紫、そして濃い灰色の毛糸。
その手に持っているのは編み棒だった。
そしてその編み棒を使って、さくさくさくと編まれているのはおそらくマフラーで、綺麗な模様が編みこまれていた。
よく見れば彼の座っている横には、編み方が載っているのだろう本が置かれていて、部屋の隅には大量の毛糸が入った段ボールが置かれていた。

「スザクの傍で本を読むだけでは飽きてしまうかもしれないと心配してくださったんだ。僕の暇つぶしになればって、みんなで考えて、買ってきてくださった」

本殿で眠っているスザクの傍に来る事が出来るのは、私・ルルーシュ・藤堂・ナオト・玉城だけで、他の者たちは来れない。
私の両親、祖父母でさえ来る事は出来ない。
カグヤがスザクを守るための結界を張ったから。
だから私が道場や大会などで来れないときはルルーシュは一人となってしまう。
その事を知っているおばさんたちが話し合いをし、家庭的なところのあるルルーシュなら、編み物も好きかもしれないという話になったらしい。
そしてその予想通り細かな作業も好きなルルーシュは、夢中になって編んでいた。

「へー、すごいじゃない。綺麗に編めてるわよ」

なんていう柄かは分からないが、市販品のようにとても綺麗に編まれていた。

「そうでもないよ、初めてだからなかなか上手く編めないんだ。おかげで何度も解いてやり直してる」

柄を無くして編めば簡単なのだが、どうせ編むなら本を見て気になったこの柄を編みたかったのだという。だが、それは予想以上に難しく、ルルーシュは苦戦していた。

「え?十分上手じゃない!あ~私も編もうかな」

こうして誰かが編んでいるのを見ると、自分もやりたくなってしまう。
でも、こういうのは手を出さないほうがいいに決まっている。
だって、絶対飽きて投げ出すから。と、思っていたのだが。

「君には無理だ」

即答で、きっぱりはっきり断言されてしまい、そこでいらない火がついた。

「なっ!出来るわよ!失礼ね!編み棒他にないの?糸、使わないの頂戴!」

まさかこの一言が「カレンちゃんの分も用意したから、お願いね」というおばあさん達のお願いに了承したルルーシュが仕掛けた策だなんて、知ったのはずっと後のこと。
たった一言で私はまんまと乗せられたわけだ。
編み棒がもうひと組み、そして赤とピンクが混ざった太めの毛糸を手渡された時点ではその事に全く気付く事は出来ず、ルルーシュがまず基本の編み方はこうだと見本に1列編んでくれたので、それをまねて必死に編み棒を動かし始めた。
それから数日後。
私が試行錯誤しながら半分ほど編み進めたころ、ルルーシュの編んでいたマフラーは完成した。
市販品と言われても納得できるその出来栄えに、ルルーシュは納得したらしく「よし、これでいい」と頷いた。
彼の作ったものと自分の編んでいる物が同じ用に編まれたものだと思えず、とたんに自分で編んでいるそれを見るのが恥ずかしくなったが、ルルーシュは褒めるのが上手くて、やめようとするたびに上手く乗せられてしまう。
今回も解こうかと思ったのだが、もう少し続けようと、再び編み棒を動かした時、ルルーシュは箱から今度は深い緑色の毛糸を取りだした。

「あれ?まだ編むの?」
「ああ、今完成したのは練習なんだよ。だから、これから本番だ」
「練習用?」
「そう、最初からうまく編めるはずがないから、自分の分を編んで練習していたんだ。これから編むのはスザクの分だよ」

そういうと、ルルーシュは深緑、緑、黄緑の3色の糸を取りだし、今までよりもずっと時間をかけ、1編み1編み丁寧に編み始めた。
気持ちを込めて編まれたそれは、神への供物。
だが、それはタンスの奥深くに仕舞われ、スザクに渡すことなくルルーシュは連れて行かれた。



そのマフラーと、布団の効果でスザクは私の予想通り、元気で明るいスザクにあっさりと戻っていた。今も寂しさはあるようだが、手編みのマフラー効果は絶大で、前のように寂しそうな様子を見せる事は無くなった。・・・のだが。

「だーかーら!もう夏なんだから、それは外せって言ってるでしょ!」
「いいだろ!これは俺のだ!だから、俺が付けたい間は付けていいんだ!」
「今何月だと思ってんの!6月よ!!いい加減暑苦しいから外せ馬鹿!」

どうやってスザクに、せめて夏の間だけでもマフラーを外させるか。
夏が近づくたびに氏子たちの間では真剣に話し合われることとなった。

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